2011_04
22
(Fri)00:00

親子




今朝方、母の夢を見ました


私の腕に抱かれたまま横たわっている母


その傍らにはいつも私を娘同様に接してくださっているご近所の奥様がいらして


その奥様と一言二言会話をしていました


すると病気で言葉を話せなくなってしまったはずの母がたどたどしい口ぶりで話をし始めたのです






tulip02p.gif






私はあまりの驚きにその場面で目が覚めました



な、何?何だったろう・・・



もしかして仏花を取替えてね、って事なのかな?



そういえばカーネーション、ちょっとくたびれはじめてたもんね。



ホント、お母さん、お花大好きだったね。









花を供えることは仏教の実践徳目波羅蜜の忍辱に通じ

自然界の厳しい環境に耐えてようやく咲く姿

もしくは供えられた後も耐え忍んで咲き続ける姿から

人間の仏に対する修行(忍辱)の誓いとして花を活けるとされる

ウィキペディアより







そっか、耐え忍んで咲き続ける姿か~



そんな感じの花もあるけどさ~



いくら耐え忍ぶ姿の花って言ったってさ~



咲き終わりの寄せ集めじゃマズイっしょ!


Ф










オマケに下向いて咲いてるって良くないよね






と、目線を変えてみたところ・・・



お日様に向かっているお花が咲き始めていました



お母さん、教えてくれたの?



だとしたらありがとうございます??



今日お供えさせていただきますね









何にもしないくせに文句ばっかり言っていた反逆娘より・・・(^_^;)



tulip02p.gif







こんな素敵な親子が羨ましいな











「オマケ」






まず、左手を出してください。



そしたらピースをする。



人差し指と中指をくっつける。



それをおでこにくっつける。



そのままゆっくり下ろしながら

薬指も小指も伸ばして人差し指と中指にくっつける。



おでこから約90度地点で止める。



これを流れでやってみて下さい。





やっちゃった?





(^^)





あなたはいま

「え~、ご無沙汰してます古畑です」

とやってしまいました(^^)






ブログに載っていました礭









Kia Kaha!いっしょにがんばろうJAPAN & NEW ZEALAND 


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2006_01
21
(Sat)00:00

ブログの力・・・

何年か前の今日・・・



雪は降っていませんでしたが、とても寒い日曜日でした。




夕方近くに受けた1本の電話、それは救急隊員の方からでした。




「お母さんが倒れ、東京○子医大病院へ搬送しましたので急いで行って下さい」





21日は初大師、母はお参りの途中で「くも膜下出血」を起こしたのです。




病院へ駆けつけると母はICUにおりましたが意識はありました。



すでに検査は終わったようで、担当の先生からは大変難しいところを手術しなければならない事を告げられました。


そして重い後遺症も残ることを・・・



痛み止めの副作用から朦朧としている母は父の「大丈夫か?」の問いかけに

「私、手術するの?」と聞き返しました。


「ああ、そうだよ、手術して良くならなきゃ」の言葉に「ごめんね。。」と母は言いました。



それが、私が聞いた母の最後のまともな言葉だったのです。




とても長い手術が終わり、目覚めた母に待っていたのは言語障害でした。



「もしもし」母はそれ以外の言葉を話すことが出来なくなったのです。





退院後、言語以外は普通の生活に戻りましたが、それも長くは続かず今度は「脳梗塞」を起こしたのでした。



原因は薬の飲み忘れ・・・



私は父に仕事をやめ、母のそばについていてあげることを勧めました。


それが1番母にとって幸せだと思ったからです。


寝たきりになってしまった母に対し父は献身的な介護をしておりました。


娘の私でさえ気が付かないことを父はあたりまえのようにこなしていたのです。



しかし、再度、母は発作を起こしました。



父からの連絡で駆けつけてみるとすでに体が痙攣状態にありましたが母はなぜか笑顔だったのを思い出します。


病院まで7.8分、私は救急車を待っている暇はないと判断し、母を抱き抱え車に乗せ病院へ急ぎました。



すぐに救急の先生が対応してくれたのですが私の耳には驚く言葉が入ってきました。




「これぐらいで来られちゃ困るよ、もっともっと重症の患者さんがいるんだよ」と・・・



それでも私は母の入院をお願いすると、仕方なくという感じでベッドを用意してくれました。



車椅子から母を背負い、そしてベッドに寝かせてあげると母は大きなため息をつき目を閉じました。


そのまま臨終まで母は1度も目を開けることはなかったのです。



その後の検査で、酷い脳梗塞を起こしていたことが発覚し余命2週間が告げられました。


そしてそのとおり、翌2月10日、母は静かに息を引き取ったのです。


「お母さん、長い間お疲れ様でした」と母に顔を寄せるとなぜか母の目から涙がこぼれていました。



病院を出るとき、先生方看護婦さんがお見送りしてくださり、あのとき救急で対応した先生もいました。



顔は下に向けたまま、私と目を合わせようとはしませんでした。



殴ってやりたい気持ちが湧きましたが、そんなことをしたら母が悲しむ、そう思い耐えました。



あれから7年の歳月が流れました。


お大師様には母が倒れてからは1度も行っていません。


なぜ、お参りの最中に倒れたりするの?とずっと不信感を持っていたからです。



でも、私の心の中から、その不信感は消えようとしています。


それは、ブログを始めてから、皆様の日記を拝見しているうちに、前向きな姿勢の大切さを教わったからです。


人に優しく接することの大事さ、人のせいにしてはいけないことも教わりました。


もし、母が裏道で倒れたりしたら発見も遅れ、そのまま帰らぬ人となったかもしれない。


お参り途中だったからこそ救急車もすぐに呼んでもらえたのではないかと・・・



もしブログを始めていなかったら私はお大師様に対し一生不信感を持ち続けていたと思います。




昨日、私書箱に嬉しいメールが入っていました。



出来損ないシフォンを召し上がってくださったお友達からでした。



先ほど11時半ころ、いただきました。
抹茶の香と甘味がミックスされてあったかい味でした。
味わっていたらジワーッと涙が出そうでした。

半年ほど前までは全く知らない人だったのに、こうして今、
チロルさんが焼いてくれたケーキを自分が食べているという事実、
その人と人のつながりの不思議さやすばらしさに感動しました。

チロルさん、ケーキもさることながらこんな温かい思いにさせてくれたことにどうお礼を言ったらよいのでしょう。言葉がみつかりません。
月並みだけどありがとうとしかしかいえません。

何かお礼をしたい気持ちは十二分にあるのですが、気の利いたものが思い浮かびません。
だから、まずは『ありがとうございました』の気持ちをお届けさせていただきます。







私は皆様と出会えて本当に幸せです。喜び、感動、勇気そして励ましを頂いている

私のほうこそ皆様にお礼を申し上げたいのです。




皆様、いつも本当にありがとうございます。

教えて頂く事ばかりですが、どうかこれからも宜しくお願い申し上げます。



長い日記をお読みくださりありがとうございました。


                                     チロル。。





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             宿根ネメシアが満開です